支えてくれた人がいなくなる日──銀行創業スクールの担当者転勤から考えた「孤独」と「次の一歩」
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起業・創業|人生の転機|感情と向き合う|ビジネスの裏側
はじめに:突然訪れた、心の空白
「お世話をしてくれた銀行の創業スクールの方が転勤になってしまった」
この一文に込められた感情は、とても重たい。
それは単なる担当者変更という事務的な出来事ではなく、これまで自分の挑戦を近くで見てくれていた存在が、ある日を境にいなくなる、という現実だ。
助けに来る人もいなくなった。
困った。
そして、寂しさを覚えた。
今日はこの出来事をきっかけに、
- 人に支えられてきたこと
- それを失ったときに湧き上がる感情
- そして、そこからどう前に進めばいいのか
を、深く掘り下げて書いていきたい。
これは起業の話であり、同時に人との関係性の話でもある。
創業スクールという「安心できる場所」
創業スクールは、単に知識を学ぶ場所ではない。
多くの場合、そこには次のような役割がある。
- 自分の考えを言語化する手助け
- 「それでいい」と背中を押してくれる存在
- 不安を口にしても否定されない安全な空間
- 何より「一人じゃない」と思わせてくれる関係性
特に銀行系の創業スクールの場合、
数字・事業計画・資金繰りといった現実的で厳しいテーマを扱うからこそ、
担当者との信頼関係はとても大きい。
質問すれば、
「それはですね…」と真剣に考えてくれる。
悩めば、
「大丈夫ですよ、みんな通る道です」と言ってくれる。
その積み重ねの中で、
気づかないうちに心のどこかでこう思っていたはずだ。
「この人がいれば、なんとかなる」
「転勤」という、どうしようもない別れ
転勤は誰のせいでもない。
本人が悪いわけでも、こちらが悪いわけでもない。
それでも、心は納得しない。
- これから誰に相談すればいいのか
- 事情を一から説明し直さなければならない不安
- 同じ温度感で話せる人が、また見つかるのか
そして何より、
「自分のことを分かってくれている人が、いなくなる」
という喪失感。
これはビジネスの話を超えて、
人としてのつながりが断ち切られる感覚に近い。
助けに来る人がいなくなった、という現実
「助けに来る人もいなくなった」
この言葉は、とても正直だ。
人は本当の意味で追い込まれたとき、
問題そのものよりも、「頼れる人がいない」ことに苦しむ。
- 正解が分からないこと
- 判断を一人で背負わなければならないこと
- 間違えたときに、誰もフォローしてくれないかもしれない恐怖
これらが一気に押し寄せてくる。
今まで当たり前のように存在していた「支援」が消えたとき、
初めてそのありがたさに気づく。
そして同時に、
自分がどれだけ誰かの善意や時間に支えられてきたかも、痛いほど分かる。
寂しさを感じるのは、弱さではない
ここで大切なことがある。
寂しいと感じるのは、弱いからではない。
それは、
- 真剣に向き合ってきた証拠
- 人との関係を大切にしてきた証
- 一人で強がらなかった証明
だ。
もし、何も感じなかったとしたら、
それは最初から本気ではなかったということかもしれない。
寂しさは、
「自分はちゃんと人と関わってきた」
というサインでもある。
それでも、時間は止まらない
どれだけ感情が揺れても、
事業は続いていく。
生活も続いていく。
立ち止まりたい気持ちと、
進まなければならない現実。
この狭間で苦しくなるのは、とても自然だ。
ただ、ここで一つだけ言えることがある。
今まで支えてくれた人がいたという事実は、消えない。
その人が去ったからといって、
あなたが積み上げてきたものまで消えるわけではない。
- 学んだこと
- 受け取った言葉
- かけてもらった時間
それらはすべて、あなたの中に残っている。
「一人になる」ことと「孤独」は違う
今は、一人に感じるかもしれない。
でも、それは必ずしも孤独ではない。
- 過去に関わってくれた人たち
- これから出会う人たち
- そして、自分自身
それらすべてが、次のステージを支える要素になる。
もしかすると今回の出来事は、
「誰かに頼るフェーズ」から
「自分で判断し、次の人とつながるフェーズ」への移行なのかもしれない。
おわりに:この寂しさは、次の物語の始まり
困ったし、寂しい。
その感情は、今は消さなくていい。
無理に前向きにならなくてもいい。
ただ、「ここまで一人で来たわけじゃない」という事実だけは、
心の片隅に置いておいてほしい。
人は、支えられた分だけ、
いつか誰かを支える側になる。
今日感じたこの寂しさも、
きっといつか、誰かの痛みに寄り添う力になる。
それまでは、ゆっくりでいい。
この気持ちを抱えたままでも、前には進める。
