満開の桜を見ながら、少し焦り始めた自分の話
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・日常の気づき
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はじめに
満開の桜を横目に歩いていた。
毎年同じように咲いて、同じように散っていくのに、
なぜか今年は少しだけ見え方が違った。
「綺麗だな」と思う気持ちと同時に、
心のどこかで、静かにこんなことを感じていた。
最近、人と話していないな。
そしてもうひとつ。
どこかに属していないといけない気がしてきた。
今日はそんな、自分の中に生まれた違和感について書いてみる。
春なのに、なぜか少し孤独を感じた
春って、本来は前向きな季節だと思う。
新しい環境、新しい人間関係、
何かが始まる空気がある。
でも、自分はその流れの外側にいるような気がした。
周りは動いているのに、
自分だけが立ち止まっているような感覚。
誰かと比べているつもりはないのに、
気づけば「自分はこのままでいいのか」と考えていた。
桜はただ咲いているだけなのに、
それを見ている自分のほうが揺れている。
「どこかに属さなければ」という気持ち
最近、強く思うようになったことがある。
「どこかに属していないとダメなんじゃないか」
理由ははっきりしていないけど、
たぶんこんなところだと思う。
・人との関わりが減っている
・日常の会話が少ない
・誰とも深く関わっていない気がする
そうなると、自分の存在が少し曖昧になる。
「自分はどこにいるんだろう」っていう感覚。
だからこそ、どこかのコミュニティとか、
居場所みたいなものを求め始めているのかもしれない。
でも、無理に属するのは違う気もしている
ただ一方で、こうも思っている。
無理にどこかに入るのは、ちょっと違うな。
人と関わること自体は嫌いじゃない。
でも、無理して関係を作ると、たぶん続かない。
・気を遣いすぎる
・本音を出せない
・疲れる
そういう関係なら、
一人でいるほうが楽だと思ってしまう自分もいる。
ここが難しいところで、
「孤独は嫌だけど、無理なつながりも嫌」なんだと思う。
孤独=悪じゃないと気づき始めた
最近少しだけ考え方が変わってきた。
孤独って、そんなに悪いものなのか?
むしろ、
・自分のことをちゃんと考えられる時間
・周りに流されない状態
・静かに整えられる時間
とも言える気がしている。
もちろん、ずっと一人はしんどい。
でも、完全に悪とも言い切れない。
今は、そういう「間」の時間なのかもしれない。
本当に欲しいのは「所属」じゃない
考えていくうちに、少しだけ見えてきたことがある。
自分が欲しいのは、
どこかに属することじゃなくて、ちゃんとつながること。
大人数の中にいることでもなくて、
肩書きがある場所にいることでもない。
たぶん、
・ちゃんと話せる人
・気を遣わなくていい関係
・沈黙でも苦じゃない距離感
そういうものを求めている。
数じゃなくて、深さ。
それだけなんだと思う。
桜を見ながら思ったこと
桜って、誰かと見なくても綺麗だ。
一人で見ても、ちゃんと心に残る。
でも、誰かと見たら、それはそれで違う良さがある。
たぶん人間関係も同じで、
「一人でもいいし、誰かとでもいい」
どっちかじゃなくていいんだと思う。
無理にどこかに入らなくてもいいし、
でも完全に閉じる必要もない。
そのくらいのバランスでいいのかもしれない。
これからどうするか
正直、まだ答えは出ていない。
でも、ひとつだけ決めていることがある。
無理に変えない。だけど、少しだけ動く。
・誰かに連絡してみる
・ちょっと会話を増やしてみる
・外に出る回数を増やしてみる
そのくらいでいい。
急に何かに属さなくてもいい。
でも、完全に止まるのも違う。
まとめ
満開の桜を見ながら感じたこの気持ちは、
たぶん悪いものじゃない。
むしろ、
「ちゃんと人と関わりたい」と思い始めたサインなんだと思う。
焦る必要はないけど、
無視するものでもない。
この感覚を大事にしながら、
少しずつ、自分なりの「つながり方」を見つけていけたらいい。
