静かなる大不況 ― 旧銀行家の語る「倒産ラッシュ」と日本経済の深淵

昨日、ある旧銀行家による講演会に参加した。穏やかな語り口ではあったが、その内容は背筋が凍るほどに現実的で、重たかった。彼の言葉を借りれば、「今、日本では倒産件数がリーマンショック後を上回る勢いで増加している」――。

その一言が、会場の空気を一変させた。静かに進行している「見えない不況」。ニュースにはならないが、現場では確実に、そして急速に経済の地盤沈下が進んでいる。

コロナ禍の最中、政府が打ち出した「ゼロゼロ融資（無利子・無担保融資）」は、多くの中小企業を延命させる命綱だった。しかし、その期限が切れた今、そのツケが一気に表面化している。

銀行家の話によれば、返済の目処が立たない企業が続出しており、「倒産予備軍」が列をなしている状態だという。特に地方の製造業やサービス業は、売上の回復が見込めず、資金繰りが完全に詰まっている。

「コロナの3年間は、実は“静かな延命期間”に過ぎなかったんです。」

そう彼は言った。その言葉の裏には、いま現実となりつつある“経済の二次被害”がある。延命措置によって一時的に救われた企業が、今、次々と倒れているのだ。

地方では、表に出ない倒産が日々積み上がっている。商工会議所にも、地銀にも、悲痛な声が増えているが、報道は極めて控えめだ。

銀行家によると、「公表倒産」としてデータに表れない“自主廃業”が急増しているという。つまり、数字以上に深刻なのだ。職人の町も、観光地も、かつての賑わいを取り戻せず、後継者不足と資金難のダブルパンチで、静かに消えていっている。

地方の経済活動は日本全体の基盤であり、そこが崩れるということは、“日本の生活の基礎”が揺らいでいるということに他ならない。

唯一、「好調」とされるのがインバウンド需要だ。訪日外国人は過去最高を更新し、観光地やドラッグストア、百貨店には活気が戻っている。しかし旧銀行家は、そこに潜む落とし穴を冷静に指摘した。

「インバウンドは確かに潤いを与えるが、それは“労働集約型”の景気。つまり、働く人が増えても生産性は上がらない。」

確かに、観光業界は多くの人手を必要とするが、それが高付加価値の産業構造に変わるわけではない。さらに、多くの利益は外資系ホテルチェーンや海外OTAに流れており、日本企業や地域には限定的な恩恵しかもたらしていない。

“インバウンドで好景気”という報道の裏には、実際の所得上昇や企業利益の伸びが伴っていない現実がある。そこに、構造的な日本経済の歪みが浮かび上がる。

今回の講演で特に印象的だったのは、「誰も声を上げない」という現実だった。多くの経営者が苦しい状況にありながら、倒産や廃業を公にすることを避けている。なぜなら、それが信用低下につながり、顧客離れを加速させるからだ。

こうして、誰もが黙り、静かに倒れていく――。

日本社会全体が、「不況」という言葉を避け、目を逸らしているようにも感じる。だが、現実は確実に悪化している。電気代、人件費、仕入れコスト、物流費――すべてが上がる中で、販売価格に転嫁できない中小企業が、最前線で疲弊しているのだ。

では、どうすればいいのか？

旧銀行家は最後に、静かに、しかし強くこう語った。

「日本は今、“縮小する経済”を前提に再設計する時期に来ています。」

成長を前提とした政策、拡大を前提とした経営モデルでは、もはや持続できない。人口減少社会の中で、どう効率よく価値を生み出すか、どう地域で支え合うか――それが、これからの鍵となる。

AIやデジタルの力を活用しながら、小規模でも高付加価値を生む仕組みを作る。観光にしても、ただ「人を集める」だけでなく、地域の文化や知恵を「体験価値」に転換する。そうした発想の転換が、日本の再生の第一歩になるのかもしれない。

旧銀行家の講演は、決して悲観的なだけではなかった。むしろ、その裏にあるのは「現実を直視することこそ、希望の始まりだ」というメッセージだった。

いま、倒産の波は静かに、しかし確実に迫っている。だが、それを受け止め、次の社会の形を描き直す勇気を持つことが、私たちにできる最初の一歩だ。