MBAの先生の退官授業で感じた、これからの実生活の厳しさと「頼ること」の難しさ
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はじめに|静かに始まった、特別な授業
先日、MBAの先生の退官授業に参加した。
それは単なる「最後の講義」ではなかった。
長年、経営や組織、意思決定、そして人間そのものを研究し続けてきた一人の知性が、
自らの人生を通して見えてきた真実を、淡々と、しかし確かな重みをもって語る時間だった。
教室の空気は不思議なほど静かで、
誰もが「これはノートに書き留める類の話ではない」と直感していたと思う。
むしろ、自分自身のこれからの人生に照らして、
黙って受け止めるための授業だった。
退官授業という「知の集大成」
知識よりも、経験の言葉
MBAの授業といえば、フレームワーク、ケーススタディ、数値分析。
だがこの日の授業で語られたのは、それらを使い続けてきた一人の人間の失敗と葛藤だった。
- 正しい理論を持っていても、現実は思うように動かない
- 組織は論理より感情で動くことが多い
- 人は合理的であろうとして、必ずどこかで非合理になる
先生は成功談を誇ることはなかった。
むしろ「うまくいかなかった判断」「助けを求めたが届かなかった瞬間」を、
驚くほど率直に語っていた。
これからの実生活の厳しさを、肌で感じた瞬間
MBAを学んだ“その先”にある現実
授業を聞きながら、強く感じたことがある。
学び終えた後の人生の方が、はるかに厳しいという事実だ。
MBAは確かに武器になる。
思考の型、分析力、視座の高さ。
しかし先生は、こうも言った。
「武器を持っていても、戦場が想定と違えば役に立たない」
実生活は、ケーススタディのように整理されていない。
利害関係は曖昧で、感情は表に出ず、
何が正解か分からないまま決断を迫られる。
「頼ろうとしたが、うまくいかなかった」という言葉の重み
人に頼ることは、想像以上に難しい
今回の授業で、最も胸に刺さったのはこの部分だった。
「人に頼ろうとした。でも、なかなかうまくいかないものだ」
この言葉には、
肩書きも実績もある人間ですら逃れられない孤独がにじんでいた。
MBA的には、
- ステークホルダーを特定し
- リソースを活用し
- 協力関係を築く
と説明できる。
しかし現実は、そんなにシンプルではない。
なぜ「頼る」ことは、こんなにも難しいのか
1. 相手にも事情がある
誰もが自分の課題を抱えている。
こちらが本気で困っていても、相手に余裕がなければ届かない。
2. 頼る側のプライド
MBAで鍛えられた人ほど、「自分で解決すべきだ」と思ってしまう。
その結果、助けを求めるタイミングを逃す。
3. 関係性の曖昧さ
ビジネスの関係は明確でも、
人生の問題にまで踏み込める関係は意外と少ない。
それでも、頼ることを諦めてはいけない理由
先生は、最後にこう締めくくった。
「それでも、人は一人では生きられない」
頼ることに失敗した経験があるからこそ、
次に誰かが頼ってきたとき、手を差し伸べられる。
MBAで学ぶのは「勝ち続ける方法」ではない。
負けたとき、転んだとき、どう立ち上がるかを考えるための準備なのだと感じた。
退官授業は、人生の中間報告書だった
この授業は、終わりではなく「中間報告」だったように思う。
先生自身も、まだ学び続け、考え続けるのだろう。
そして私たち受講者は、
これから実生活という本番に立たされる。
- 理論はある
- しかし保証はない
- 助けを求めても、必ずしも応えてもらえるわけではない
それでも進むしかない。
おわりに|静かな勇気をもらった一日
派手な言葉も、感動的な演出もなかった。
だが確実に、心の奥に残る授業だった。
頼ることの難しさを知っている人の言葉は、重い。
そしてその重さは、これからの人生で何度も思い出すだろう。
今日のこの経験は、
きっと数年後、もっと厳しい局面に立ったとき、
静かに背中を押してくれる。
