遺伝的緑内障と向き合う年頃になって思うこと
――失う前に、守るという選択――
はじめに|「年齢」という現実が、静かにやってくる
眼科に行って、
「遺伝的に緑内障の傾向がありますね」
そう言われた瞬間、頭の中が一瞬、静かになった。
ああ、来たか。
そう思った人も、きっと少なくないはずだ。
若い頃は、多少の不調があっても「疲れてるだけ」「寝れば治る」で済ませてきた。
でも、ある年齢を超えると、体はちゃんと“結果”を突きつけてくる。
緑内障。
しかも遺伝的要因あり。
仕方ないなあ、と思いつつ、
「でも、放っておくと失明するんだよな」という現実が、重くのしかかる。
今日は、そんな**“色々でてくるお年頃”のリアル**と、
緑内障とどう向き合えばいいのかを、正直な気持ちで書いていきたい。
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緑内障とは何か|静かすぎる病気の怖さ
緑内障の一番の特徴は、自覚症状がほとんどないことだ。
- 痛くない
- 赤くならない
- 見え方も、最初はほぼ変わらない
だからこそ、厄介だ。
気づいたときには、
視野が欠けている
元には戻らない
そんな段階まで進んでいることも多い。
しかも日本人の場合、眼圧が正常でも発症するケースが多い。
「眼圧が高くないから大丈夫」という思い込みは、通用しない。
遺伝的要因がある人は、なおさらだ。
遺伝と言われたときの、あの何とも言えない気持ち
「ご家族に、緑内障の方はいませんか?」
この質問に、ドキッとした人もいるだろう。
親、祖父母、親戚。
そう言われて思い返すと、
「確かに、目が悪くなっていたな」
「晩年、あまり見えていなかったな」
そんな記憶が、点と点でつながっていく。
遺伝と聞くと、逃げ場がない感じがする。
努力ではどうにもならない部分。
生まれ持ったもの。
でも同時に、こうも思った。
分かっているなら、対策できるじゃないか。
「仕方ない」と「放置」は、全然違う
正直に言おう。
緑内障と聞いて、最初に浮かんだ言葉は
「仕方ないなあ」
だった。
年齢だし、遺伝だし。
完璧な体なんて、もう無理だ。
でも、仕方ない=何もしないではない。
放っておくと、失明する。
これは脅しでも大げさでもなく、事実だ。
そして一度失った視野は、二度と戻らない。
だからこそ、
「仕方ないから、ちゃんと向き合う」
このスタンスが、一番現実的だと思うようになった。
眼科に通うという、地味だけど最強の選択
緑内障の治療は、基本的に進行を止めることが目的だ。
- 点眼薬を毎日さす
- 定期的に検査を受ける
- 変化を記録する
派手さは、まったくない。
でも、これを続けるかどうかで、
10年後、20年後の見え方が、まったく変わる。
正直、面倒くさい。
- 忙しい
- 忘れる
- 効果が実感しにくい
それでも、
「見える未来」を守るための習慣だと思えば、意味が変わる。
見えなくなることを想像してみて、初めて分かる価値
もし、視野が半分になったら。
- 運転できない
- スマホが見づらい
- 本が読めない
- 人の表情が分からない
当たり前に享受している「見る」という行為が、
どれだけ人生の質を支えているかに気づく。
視力は、失ってからでは遅い。
だからこそ、
今、見えている自分が、未来の自分を助ける
そんな感覚を持つことが、大切だと思う。
色々でてくるお年頃|体は正直だ
緑内障に限らず、
この年代になると、本当に色々出てくる。
- 血圧
- 血糖値
- 関節
- 睡眠
- そして、目
若い頃は無理がきいた。
でも今は、無理をすると、ちゃんと体が抗議してくる。
それは、衰えというより、
「メンテナンスしながら生きるフェーズに入った」
ということなのだと思う。
それでも、悲観しすぎなくていい理由
緑内障は、確かに怖い。
でも、
早期発見
継続治療
これができれば、一生付き合いながら、普通に生活できる人が大多数だ。
昔と違って、検査技術も、薬も進化している。
何より、
「自分の状態を知っている」というのは、最大の武器だ。
知らずに進行するのが、一番怖い。
まとめ|見える今を、大切にするという選択
遺伝的緑内障。
色々でてくるお年頃。
仕方ないなあ、と思う気持ち。
全部、自然だ。
でも、
「仕方ないから、ちゃんと守る」
これが、大人の選択だと思う。
失明のリスクを知った今、
見える世界は、少しだけ尊く見える。
今日も点眼をさしながら、
「まだ、ちゃんと見えてるな」
そう思えることに、感謝したい。
未来の自分のために。
