
「しがみつくべきだった」57歳で退職した男の本音
役職定年の日、私は「まだ終わっていない」と思っていた
57歳。
会社から役職定年を告げられた日、私は表向きは平静を装っていた。
「まあ、そんな年齢か」
「これからは若い世代に譲る時代だ」
「自分にはまだ経験もあるし、どうにでもなるだろう」
そう思っていた。
いや、正確に言えば、そう思おうとしていた。
長年勤めた大企業。
毎日朝早く出社し、上司に頭を下げ、部下を育て、数字を追い続けた。
理不尽な異動もあった。
家庭を犠牲にした時期もある。
それでも会社員としての人生を必死に積み上げてきた。
そんな自分が、ある年齢を境に「お役御免」の空気を感じ始める。
席が変わる。
呼ばれ方が変わる。
会議での発言力が変わる。
若い社員の目線も変わる。
あれほど会社に尽くしてきたのに、組織は静かに自分を脇へ寄せていく。
あの感覚は、経験した人にしか分からない。
「外でも通用する」と思っていた
役職定年後、私は転職を考えた。
当時は、本気で「自分ならまだやれる」と思っていた。
長年の経験がある。
管理職もやってきた。
人脈もある。
大企業で培ったノウハウもある。
だから、転職なんてどうにでもなると思っていた。
しかし、現実は甘くなかった。
書類が通らない。
面接まで行っても、年齢で止まる。
「素晴らしいご経歴ですね」と言われながら落ちる。
こちらが提示される条件に驚く。
年収は大幅ダウン。
契約社員。
責任は重いのに裁量はない。
しかも若い上司に使われる。
気づけば、「経験豊富な人材」ではなく、「扱いづらい50代」として見られていた。
これはかなり堪えた。
起業にも挑戦した。でも現実は厳しかった
だったら自分でやるしかない。
そう思って起業もした。
しかし、起業はもっと厳しかった。
大企業では、会社の看板が信用だった。
でも独立すると、自分そのものに価値がなければ仕事は来ない。
人脈があると思っていた。
だが、本当に仕事をくれる人は少なかった。
名刺交換した人はいても、助けてくれる人は少ない。
「今度ぜひ」と言っていた人ほど消える。
そして何より苦しかったのは、“収入が読めない不安”だった。
会社員時代は毎月給料が入った。
ボーナスもあった。
社会保険もあった。
それが当たり前ではなかったと、失って初めて気づいた。
「あの会社に残るべきだったのでは」と今でも思う
正直に言う。
今でも思う。
「あのまま会社にしがみついていれば良かったのではないか」と。
同期たちは、今も会社にいる。
役職は下がっても、給与はある。
退職金もある。
年金まで安定して繋がっている。
一方の私は、再々就職を探している。
情けなく感じる日もある。
家族に申し訳なく思うこともある。
夜中に目が覚めて、「自分は何をやっていたんだろう」と考えることもある。
もしあの時、もう少し我慢していたら。
もしあの時、会社に頭を下げて残っていたら。
人生は違ったのだろうか。
でも、あの頃の自分には、あの頃の苦しさがあった
ただ、思い返すと、あの時の自分も苦しかった。
役職を外れ、居場所が少しずつ無くなっていく感覚。
若い世代中心に変わる組織。
会社に必要とされなくなる寂しさ。
「このまま終わるのか」という焦り。
だから外へ出た。
まだやれると思いたかった。
人生を終わらせたくなかった。
あの時の選択は、逃げだったのか。
最近よく考える。
でも、完全な逃げとも言い切れない気がする。
人は、本当に満たされている場所から飛び出したりしない。
何かが苦しかったから動いたのだ。
50代後半の転職市場は、本当に厳しい
これは声を大にして言いたい。
50代後半からの転職は、本当に厳しい。
ネットには綺麗な成功談が溢れている。
「50代から起業して成功」
「未経験から第二の人生」
「好きなことで独立」
もちろん、そういう人もいる。
でも現実には、苦戦している人の方が圧倒的に多い。
ただ皆、言わないだけだ。
プライドもある。
家族もいる。
世間体もある。
だから「順調です」と笑う。
でも裏では、不安で眠れない人がたくさんいる。
失ったものは大きかった
失ったものは確かに大きい。
収入。
肩書き。
安定。
社会的信用。
人間関係。
会社という巨大な傘の下にいた時には気づかなかったが、その傘は思っていた以上に大きかった。
外に出て初めて、風の強さを知った。
それでも、まだ働こうとしている
最近、自分でも不思議に思う。
こんなに苦しいのに、なぜまだ仕事を探しているのか。
もう十分じゃないか。
そんな声も頭をよぎる。
でも結局、人は「必要とされたい」のだと思う。
誰かの役に立ちたい。
社会と繋がっていたい。
働く理由は、お金だけではない。
もちろん生活のためでもある。
だが、それ以上に、「まだ自分は終わっていない」と感じたいのかもしれない。
同世代へ伝えたいこと
もし今、同じように悩んでいる人がいたら伝えたい。
50代後半以降の人生は、思っている以上に難しい。
でも、難しいのはあなただけではない。
皆、不安を抱えている。
役職定年。
収入減。
親の介護。
自分の健康。
老後資金。
表向き平気そうに見えても、内側では多くの人が揺れている。
だから、自分だけを責めすぎないでほしい。
人生は「勝ち負け」だけでは測れない
若い頃は、人生には正解があると思っていた。
いい会社。
高い年収。
出世。
安定。
でも50代を過ぎて思う。
人生は、そんな単純ではない。
順調そうだった人が突然会社を辞める。
成功していた人が孤独になる。
逆に遠回りした人が後から幸せになることもある。
だから今は、「成功したか失敗したか」だけで人生を見ないようにしている。
失敗はした。
後悔もある。
でも、その中で見えた景色もあった。
最後に
もし時間を戻せるなら、私は会社に残っただろうか。
正直、今でも分からない。
ただ一つ言えるのは、あの時の自分は必死だったということだ。
終わりたくなかった。
まだやれると思いたかった。
そして今も、完全には諦めていない。
再々就職を探している自分を、情けないと思う日もある。
でも、生きるために動いている。
それだけは事実だ。
人生は、思い通りにはならない。
けれど、それでも人は、明日を探してしまう。
