
【60代の再就職】何十社応募しても門前払い。アルバイトすら決まらない現実
朝晩、ほんの少しですが秋の気配を感じるようになりました。
季節は確実に進んでいます。
暑い暑いと思っていた夏も、いつか終わる。時間だけは、こちらの事情とは関係なく淡々と流れていきます。
そんな季節の変化を感じる一方で、最近の私は少し焦っています。
いや、焦りというより、
うまくいかない自分自身に苛立っている。
こちらの方が正確かもしれません。
会社を立ち上げたものの、考えていたビジネスは思うようにいかない。
株式投資にも挑戦していますが、デイトレードで安定して生活費を稼ぐほどの力は、まだありません。
そして転職活動。
これが想像していた以上に厳しい。
60代になって仕事を探すことが、これほど難しいとは思っていませんでした。
正社員だけではありません。
アルバイトなら何とかなるだろう。
そんな気持ちもありました。
しかし、そのアルバイトですら門前払いになることがあります。
「働きたい」
と思っている。
働く能力がまったくないとも思っていない。
それなのに、働く場所がなかなか見つからない。
秋の気配を感じながら、
「自分は一体、何をやっているのだろう」
と思ってしまうことがあります。
「300件応募して1件決まるかどうか」という話
60代の転職について、以前から厳しい話を聞いてきました。
100社応募しても、書類選考を通過するのは1社程度という話。
最近では、
「300件くらい応募して、ようやく決まるかどうか」
というような話まで耳にします。
もちろん、これはすべての60代に当てはまる統計というわけではないでしょう。
職種、地域、経験、希望条件などによって大きく違うはずです。
しかし実際に自分で転職活動をしていると、
「大げさな話でもないのかもしれない」
と思ってしまいます。
応募する。
返事を待つ。
不採用になる。
また探す。
応募する。
また不採用になる。
これを何度も繰り返します。
一社の不採用なら、
「今回は縁がなかった」
と思えます。
しかし、それが何十社と続くと話が違ってきます。
不採用が続くと「仕事」ではなく「自分」を否定されたように感じてしまう
これが転職活動の難しいところです。
企業側は、単純に採用条件との適合性を判断しているだけなのかもしれません。
年齢。
給与。
経験。
職種。
会社との相性。
他の応募者との比較。
理由はいろいろあるでしょう。
しかし不採用通知を受け取る側は、そう簡単には割り切れません。
何度も続くと、
「自分には価値がないと言われているのではないか」
という気持ちになってしまいます。
もちろん、採用結果と人間としての価値は別の話です。
頭では分かっています。
それでも、
「今回も駄目だった」
「また書類で落ちた」
が続くと、気持ちは削られます。
技術士もMBAもある。それでも60代の再就職は難しい
自分なりに努力はしてきました。
技術者として仕事をしてきました。
技術士(電気電子部門)も取得しました。
情報通信ネットワーク設計を専門としてきました。
さらに土日や平日の夜を使いながらMBAも取得しました。
当時は苦しかった。
それでも、
「勉強しておけば、いつか役に立つ」
と思っていました。
そして60代になりました。
技術士がある。
MBAがある。
実務経験もある。
それなら何か仕事があるだろう。
そう思っていました。
ところが現実は違いました。
資格があることと、60代で採用されることは別問題でした。
アルバイトなら働けると思っていた
正社員への再就職が難しいことは、ある程度覚悟していました。
だったら、
「アルバイトでもいい」
と思うようになりました。
生活費を稼ぐことが先です。
肩書きにこだわっている場合ではありません。
しかし、ここでも年齢の壁を感じることがあります。
アルバイトなら簡単に採用される。
そんなこともありません。
応募する。
そして門前払い。
これには少し驚きました。
「60代で働く」ということそのものが、こんなに難しいのか。
最近、現実として感じています。
60歳定年なのに、60代の求人が少ないという矛盾
ここには大きな矛盾も感じます。
多くの会社には60歳前後の定年制度があります。
一方で、社会では、
「高齢者にも働いてもらう必要がある」
「人生100年時代」
「70歳まで働く時代」
などと言われています。
では、60歳を過ぎた人はどこで働けばいいのでしょうか。
会社を定年になる。
再就職しようとする。
しかし、年齢によって選択肢が狭くなる。
アルバイトでも簡単ではない。
それで、
「高齢者も働きましょう」
と言われる。
実際に当事者になってみると、なかなか複雑です。
秋の気配が、焦りを強くする
季節の変化というのは不思議です。
春なら、
「これから始まる」
という感じがします。
夏なら、
「まだ時間がある」
と思えます。
しかし秋の気配を感じると、なぜか少し焦ります。
今年も残りが少なくなっていく。
時間が過ぎていく。
自分は何を成し遂げただろう。
仕事は決まっていない。
ビジネスも軌道に乗っていない。
株式投資も安定していない。
そんなことを考えてしまいます。
季節は前に進んでいるのに、自分だけ同じ場所にいる。
そんな感覚です。
一番腹が立つのは、自分自身なのかもしれない
誰かに腹を立てているわけではありません。
企業にもそれぞれ事情があります。
採用したい人物像もあるでしょう。
60代を採用することに慎重になる理由もあるのかもしれません。
分かっています。
だからこそ、余計に腹が立つ。
自分自身にです。
「もっと早く準備できなかったのか」
「会社員時代に別の収入源を作れなかったのか」
「起業するならもっと良いビジネスを考えられなかったのか」
「MBAまで勉強したのに、なぜ自分のビジネスを作れないのか」
「技術士なのに、専門性をもっと収入に変えられないのか」
次々と自分に問いかけてしまいます。
でも、自分を責め続けても1円にもならない
ここで少し冷静にならなければなりません。
自分に腹を立てる。
落ち込む。
後悔する。
それ自体は自然なことだと思います。
でも、
それだけでは生活費は1円も生まれません。
ここは非常に現実的に考えなければならない。
今必要なのは、
「なぜ自分は駄目なのか」
を一日中考えることではなく、
「明日、何をするか」
です。
60代の就職活動は「数」で戦うしかない部分もある
転職活動については、少し考え方を変える必要がありそうです。
一社応募する。
期待する。
不採用になる。
落ち込む。
また一社応募する。
これでは精神的に持ちません。
採用率が低いのなら、最初からそれを前提にする。
例えば100社応募して1社しか次へ進めない世界なら、
一社の不採用を重大事件にしない。
難しいですが、そう考える必要があります。
転職活動そのものを一つの営業活動として見る。
応募数。
書類通過数。
面接数。
採用数。
数字として記録する。
感情と数字を少し分離する。
MBA的に言えば、転職活動にもKPIを作るようなものです。
ただし300社応募することだけを目標にはしたくない
一方で、
「300社応募すればいい」
とも思いません。
同じ履歴書と職務経歴書を300社へ送り続けても、結果が変わらない可能性があります。
20社、30社応募して反応がないなら、改善する。
職務経歴書を変える。
応募する職種を変える。
給与条件を変える。
勤務形態を変える。
「自分がやりたい仕事」だけではなく、
「企業が60代の自分に何ならお金を払うのか」
という視点で考える。
これは少し厳しい問いですが、必要だと思っています。
「MBAがあります」ではなく「何ができますか」
これまでの自分は、
技術士があります。
MBAがあります。
経験があります。
という考え方をしていたのかもしれません。
しかし採用する側からすると、
「それで、うちの会社の何を解決してくれるのですか?」
という話なのでしょう。
技術士という資格を売るのではない。
MBAという学位を売るのでもない。
情報通信ネットワークの経験そのものを売るわけでもない。
それらを使って、
何を改善できるのか。
何を教えられるのか。
どんな問題を解決できるのか。
ここまで具体化する必要があります。
就職できないなら「雇われる以外」も考える
そして、どうしても再就職できない可能性も考えておかなければなりません。
だから最近、
「雇ってくれる会社を探す」だけではなく、「自分で小さな仕事を作る」
という方向も考えています。
いきなり大きな会社を作る必要はありません。
月1万円でもいい。
3万円でもいい。
5万円でもいい。
自分の専門性から小さな売上を作る。
それを積み上げる。
技術士×MBA×情報通信をもう一度使えないか
自分には技術士(電気電子部門)としての経験があります。
情報通信ネットワーク設計を専門としてきました。
さらにMBAがあります。
最近は、
AI。
データセンター。
クラウド。
高速ネットワーク。
光通信。
こうした新しい技術も改めて勉強しようとしています。
だったら、
技術士×MBA×情報通信×AI
という組み合わせから、小さな仕事を作れないか。
これを真剣に考えたいと思っています。
「専門性が古い」なら更新すればいい
少し前まで、
「自分の情報通信ネットワークの知識は古くなってしまった」
と感じていました。
それも焦りの原因でした。
でも最近は、
古いなら勉強し直せばいい
と考えるようになりました。
60代だから遅い。
そう言われるかもしれません。
でも、何もしなければもっと古くなります。
AIインフラ。
データセンター。
クラウドネットワーク。
光通信。
サイバーセキュリティ。
過去の知識の上に新しい知識を積み重ねる。
ゼロからではありません。
アップデートです。
株式投資も「一発逆転」にはしない
生活費を稼ぐために、株式投資にも取り組んでいます。
しかしデイトレードは簡単ではありません。
数千円勝つ日もあります。
負ける日もあります。
だから、
「就職できないから株で生活する」
と単純に考えるのは危険だと思っています。
特に生活費が必要な状況では、焦ってリスクを取ってしまう可能性があります。
投資は続ける。
しかし、一発逆転の手段にはしない。
むしろ技術士として理解できる企業を研究し、MBAの知識を使って事業や財務を見る。
自分なりの強みを作っていきたいと思います。
就職・小さなビジネス・投資の「三本立て」で考える
今後は一つに賭けない方がいいのかもしれません。
① 再就職を諦めない。
応募は続ける。
ただし、応募方法や書類は改善する。
② 小さなビジネスを作る。
技術士、MBA、情報通信の経験を使って、まず小さな売上を目指す。
③ 投資について勉強する。
ただし生活資金を危険にさらすような無理な取引はしない。
この三つを同時に進める。
どれか一つが駄目でも、全部がゼロにならないようにする。
今の自分には、この考え方が必要なのかもしれません。
まず「月1万円を自分で作る」ことから始めたい
起業というと、
年商1億円。
急成長。
大きな事業。
そんなイメージがあります。
でも今の自分には、もっと現実的な目標が必要です。
まず、自分の知識で月1万円を作る。
これならどうでしょう。
技術相談。
オンライン勉強会。
企業分析の記事。
電子書籍。
技術者向けの資料。
小規模なコンサルティング。
方法はいろいろ考えられます。
月1万円ができたら3万円。
3万円ができたら5万円。
小さく検証する。
これはMBAで学んだことにも通じます。
60代だから「何者か」になる必要はない
60代になってから、
「新しいキャリアを作らなければ」
と考えると重くなります。
経営コンサルタントにならなければ。
投資家にならなければ。
大学講師にならなければ。
起業家にならなければ。
でも、そんな肩書きは後からついてくればいい。
今必要なのは、
今日、自分の能力を使って何ができるか。
そこだけ考えればいいのかもしれません。
秋は「終わり」ではなく、次の準備をする季節
秋の気配を感じると、どうしても時間の経過を意識します。
今年もまた終わっていく。
自分は何もできていない。
そう思ってしまいます。
でも秋には、別の見方もあります。
次の季節に備える時期です。
だったら私も、
焦るだけの秋ではなく、次の仕事を作るための秋
にしてみたいと思います。
転職活動を続ける。
応募書類を改善する。
専門知識をアップデートする。
ブログを書く。
小さなビジネスを試す。
投資を勉強する。
一つずつやります。
まとめ|60代の再就職は厳しい。それでも、自分の人生まで不採用になったわけではない
60代になって仕事を探すことが、これほど難しいとは思っていませんでした。
正社員が難しい。
それは覚悟していました。
しかし、
アルバイトですら門前払いになる。
これは正直、少し堪えます。
何十社、何百社と応募しなければ仕事が決まらないという話を聞くと、
「そこまでしなければならないのか」
と思います。
秋の気配を感じながら、時間だけが過ぎていくことにも焦ります。
そして何より、
うまくいかない自分自身に腹が立つ。
技術士まで取った。
MBAまで取った。
長い間働いてきた。
それでも仕事が見つからない。
会社を作っても売上が作れない。
投資も簡単には勝てない。
「自分は一体何をしてきたのだろう」
と思うこともあります。
でも、自分を責め続けても何も生まれません。
だったら、もう一度やるしかない。
就職活動は続ける。
ただし、同じ方法を繰り返すだけではなく改善する。
技術士としての専門知識を更新する。
MBAの知識を実際のビジネスに使う。
情報通信ネットワークの経験を、AIやデータセンターなど現在の技術へつなげる。
小さくても、自分で売上を作る。
そして株式投資についても、焦らず勉強する。
雇われる道だけに、自分の人生を預けない。
60代の就職市場が厳しいなら、就職活動を続けながら別の道も作る。
今日すぐ答えが出るわけではありません。
それでも、季節は変わります。
夏から秋へ。
そして秋の次には、また別の季節が来ます。
自分も同じです。
今うまくいっていないからといって、この先もずっとうまくいかないと決まったわけではありません。
この秋は、
「何とか採用してもらう」だけではなく、「自分で仕事を作る」ことをもう一度考える季節
にしてみようと思います。
まだ終われません。
というより、
60代からの働き方を、本気で作り直すのはこれからなのかもしれません。

